Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

「置かれた場所で咲きなさい」という言葉からも逃げてみる

思考

「置かれた場所で咲きなさい」という言葉は、名言としてよく知られていますが、この言葉のおかげで逃げたくても逃げられないプレッシャーを感じる人もけっこう多いのではないでしょうか?
 
僕もそうです。
 
「置かれた場所で咲きなさい」という言葉の、あまりの正論度の高さに打ちのめされてしまうのであります。
 
ともすれば、今の会社が嫌で辞めようと考えている人間にとって、「それはお前の逃げだ。今いる場所で何も成し遂げられないのなら、辞めたって同じ事だ。」という事を突きつけられているに等しいのであります。
 
しかしながら、どんな環境や条件でも必ず芽を出し花を咲かせる植物なんて多分ないと思うんですよね。
 
トマトと白菜が同じ環境下で育つ事ができないように、それぞれが必要とする気温や肥料、条件が必要なわけです。
 
だから、置かれた場所で咲きなさいというのは、もの凄く奇特な状態を指して言っているわけです。
 
そんな事ができるのって、こう言っては何ですが、ごく限られた人達に当てはまる格言じゃないのかなぁと。
 
少なくとも自分には無理ゲー。
 
仮に、今の仕事が自分の好きな事と繋がっているのであれば、その言葉の重みも違ってくるのかもしれません。
 
でも、ただ生活の為だけに働いている場所で咲きなさいと言われても、綺麗な花が咲くわけがないと思うのです。
 
またその言葉は、経営者や人を使う立場にある人にとっては、とても都合の良い言葉です。
 
辞めようと思っている人がどんなに悩んでいても、その言葉をかけられてしまえば、まっとうに理論的に反論することができなくなりますから。
 
だから僕は、こう考えるようにしています。
 
「生物学的には人間という種類で一括りに分類されるが、人同士はそれぞれに違うものである。植物だって熱帯地方で咲くものもあれば、砂漠地帯で咲くものもあるように、人だって咲くために適した環境が個々にあるはず。もし、相談した上司から今いる場所で咲けと言われたら、それは、上司の個人的な経験談に過ぎず、それが自分にとってもそうだとは言い切れないはず、と言えばよい。他の人もそうしてきていると上司が言うのなら、かたや個性の尊重を言いながら、片方では誰もが同じだと言うのはダブルバインドではないかと。」
 
かなり理屈っぽくなってしまいましたが、「置かれた場所で咲きなさい」という言葉はそれほどに説得力があり、逃げ道を塞いでしまう効力を持っているのです。
 
置かれ場所から逃げる自分が、あたかも罪人のような感覚に囚われてしまうんですよね。
 
その呪縛から逃れるために、こんな記事を書いてみた次第です。