Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

弱り目に祟り目

9月以降落ち目の話しが続いており、少ないながらも読んでくださってる読者の方には、暗い内容ばかりで申し訳なく思っております。
 
今回も、少しばかりですがその関連です。
 
メンタルが不安定なところへ、追い打ちをかけるように体調を崩してしまいました。
 
ライブ出演の後、仕事では出張などもあって疲れがたまっていたようです。
 
今週から急激に朝が寒くなり、気温変化について行けずに軽い風邪症状に。
 
若い時は、季節の変わり目は体調崩しやすいとか、風邪引きやすいから気をつけましょうと言われてもピンと来ませんでした。
 
外部環境の変化に昔は割と鈍感だったので、なんでそんなことで風邪引くの?って疑問に思ってた人間なのです。
 
ですがここ最近は、季節の変わり目や気温変化に体が順応出来ず、体調不良になるパターンをはっきりと自覚しております。
 
もう単純に年齢のせいだなとは思うのですが、まさか自分が、という感じでした。
 
頭で考えている以上に、自分の体は劣化し始めているようです。
 
まあ、その事実は受け入れなければならない、それは仕方ないことであります。
 
ただ、精神的に落ちている時の体調不良は、もう抗えないぐらいやばい状況に陥ります。
 
寝込むほどの酷い症状ではないですが、会社に行きたくないのはもちろん、仕事も今まで以上に何も手が付かず、メールを開けるのも嫌、電話して用件を伝えたりお願いしたりするのも嫌、出張の精算を事務員にお願いするのも億劫となり、本当にダメダメ人間に成り下がってます。
 
適当に病院に行くとか行って早退したりもしてますが、そんなことなら休めば良いのに、もやっとした不安のせいで職場には行ってしまう自分が情けなくなります。
 
1件ほど、自分が主体となってやらなければならない小イベントがあり、その不安を払拭するために仕事に出ているのですが、実際には何もしてないので休んでも一緒なんですけどね。
 
悲しき惰性サラリーマンであります。
 
そんなこんなで、こうやってグダグダと何してるか分からない日々を送っております。

メンタルが落ちている時は好きだった事も楽しめない

9月に入ってから不調という記事を書き、10月に入った今もそこから抜け出せておりません。
 
その記事の中で、なんとか状況を変えようとライブ出演のお誘いに乗ることにしたと書きました。
 
で、実際に出演してみてどうだったかというと、全然楽しめなかったのです。
 
ほぼ苦痛でした。
 
色々と要因はあるのですが、一つには、思ったほど曲にのめり込んで練習できなかったことがあります。
 
今回はバンドスタイルじゃなくて、ギター&Vo1人、コーラス1人、ギター担当くろばこという3人のアコースティック編成。
 
曲もすぐに出来そうということでブルーハーツから選曲。
 
ボーカルの人は、関西から遊びに来るついでにライブも出ちゃおうって感じだったので、3人で合わせてのリハや練習もできないという想定でありました。
 
僕もギターのお誘いを受けた時は、久しぶりだし、自分が求められているという嬉しさもあり、全然OKという返事をしたのですが。。。
 
なんだかんだで曲を覚えたり練習したりする時間が取れなかったこと、時間があっても、あまり前ノリな感じで取り組めなかったです。
 
多分、メンタルがずっと落ちていた事で、全ての物事に対しやる気や楽しさを見いだせなくなっていたのだろうと。
 
もうこうなると後は負の連鎖で、練習できていない→覚えるので精一杯→多分本番はミスする、というネガティブ思考のまま本番に入ってしまい、表面上は楽しく振る舞っておりましたが、もの凄く重たい、気怠い気持ちでギターを弾いたのであります。
 
間違えちゃいけないソロとかだけは、目をつむっても弾けるぐらいにやったのに、想像通り本番ではやっぱりミスってしまい情けない気持ちでいっぱいに。
 
びくびくしながらやるライブって、本当に嫌なものです。
 
本来、自分が楽しむためにギター弾いてるはずなのに、もはや苦行、苦痛でしかなく、終わっても充実感もなし。
 
ただ、やっと終わったという安堵感のみでした。
 
これまではライブ出演やギターを弾く事は楽しい行為だったと思っていたのが、こんなにも精神的苦痛に感じるなんて、我ながら驚きでした。
 
心が落ちている時は、できるだけ楽しいことをやるのが良いみたいな話しもありますが、今回の僕の場合は全く効果なしというか、更に自己嫌悪に陥るって感じでした。
 
例え好きな事とはいえ、それをやるにもエネルギーが必要で、心が病んでいる時はそのエネルギーすら無いから、土台無理な話なのでしょう。
 
いつこの不調常態から脱することが出来るのか。
 
今までもこういう状況はあったと自分に言い聞かせますが、ちょっと良い時期が続くと、落ちている時の事は忘れてしまうから同じ事の繰り返しなんだろうなと反省しております。
 
でも、嫌な事は忘れるように出来ているのも人間の特徴なんでしょうがないですよね。
 
やっぱりジタバタせず、ひたすら大人しく暗黒が過ぎるのを待つしか無いということでしょうか。

しんどい時でも平常運転

またまた、個人的な僕の病んでる話です。
 
申し訳ありません。
 
簡単に済ませます(^_^;
 
9月に入って病んでますってお話しを書きましたが、まだ回復の兆しは見られません。
気持ちが上向きになりかけると、何か色々と事が起こります。
 
そういう星の巡りだとあきらめてはおりますが。。。
 
こないだは、嫁から「最近、ずっとイライラしているでしょ?凄く怒りっぽいよ」と言われてしまいました。
 
唯一の楽園である自分の家は何とか平常運転で行きたいと思っていたのに、それすら叶わないようです。
 
嫁にきつくあたっている自分が情けない。
 
せめて嫁さんには優しくありたい、そうじゃないと本当に自分はクズ人間になってしまうと自覚していたけど、気付いたらイライラをまき散らしていて、でも、それも思い当たることだらけで情けない。
 
今日も今日とて、仕事でちょっとした揉め事がありました。
 
詳細は書けませんが、当初の打ち合わせ通りにこちらとしては物事を進めていたはずだったのに、いつの間にか優先事項が変わっていて、「え?そんな話しじゃなかったでしょ?あの時、打ち合わせで皆さんそれで行きましょってなったじゃないですか」と言ってしまう感じのことがあり、もはや自分の記憶すらおかしくなってしまったのだろうかと疑ってしまいました。
 
先方には「私の解釈がおかしかったでしょうか?」と聞いてみましたら、うやむやに流されてしまったので、そこは間違ってなかったのでしょう。
 
ただ、経過する時間の中で、刻々と状況が変化し、相手の考え方も変化し今に至るって感じなのだろうと理解。
 
自分の方が正論だと思っているだけでは、物事は解決しない。
 
相手も自分が正論だと思っていれば尚更。
 
凄く不条理、無情だと感じても、相手があるというのはそういうことなんでしょう。
 
仕事していれば、こういうことは別に珍しくはないのですが、良い時勢の時はそれがトラブルなどには転ばないけど、今のような底に沈んでいる時は悪い方向へ進んでいくのだろうなと実感しております。
 
僕は、よく書いているように、メンタルが病んでる時とか精神的にまいってる時は、ほとんど何もしたくなくなります。
 
何も手が付けられなくなり、ただただ、野生動物が傷ついた時にうずくまってじっとしているように、何も動きたくなくなるのです。
 
僕が猫だったらそうしていればいいのでしょうけど、日々の生活、仕事がある中ではそうはいきません。
 
最低限の事はこなさなければならない。
 
こんな時に、全てほっぽり出して逃げられたら楽なのに、どうでもいいプライドが邪魔してそれもできません。
 
どうでもいいプライドとは、他人から「あいつは使えないやつ、出来ないやつ」と思われたくない自尊心。
 
でも、周りを見ていると、他の人達は毎日、同じように仕事をこなし、雑談をし笑っています。
 
恐らくは、色々と辛いことや悩み事、トラブルも大小はあれど抱えてるはずなのに、平常運転しているのです。
 
底に落ち込んでも、日々の仕事や生活は出来るだけ乱さずにいつも通りでいられる人間、そういう人になりたいなぁと思っています。
 
その点において、僕は確実に他人より劣ってるとは自覚するようになりましたが。
 
これもいつも書いてるように、思ってるだけじゃ駄目なんですけどね、というお話しでした。

僕は窮地に追い込まれないと事を起こそうとしない

前回記事で9月に入ってからメンタルがかなりヤバイ状況だと書きました。
 
その時にふと気付いたことを少し記しておきます。
 
メンタル不調となり、今いるところから逃げたいと思うと同時に、何かをしなければならないという焦りもわき起こりました。
 
人間が死に直面すると、種の保存欲求が本能的に芽生え性的衝動に駆られるのと似ているのかもしれません。
 
今回の自分の場合だと、
 
「外国語の勉強して、なにか新しい道を切り開こう(今とは違う世界へ)」とか、
株式投資の勉強をして、家にいながら収入を得る道を探そう」とか、
「転職求人サイトに登録してリサーチしよう」とか、
「喫茶店を開業するなら費用や収支がどのくらいかシミュレーションしてみよう」とか、
 
本当にあれこれ、色んなことが頭の中をよぎり、なんだか凄い焦燥感を抱いたのです。
 
どれもすぐに結果に繋がったり成果が出るものではなく、普段から継続的に取り組みをしてないといけないものばかりですが、心が安定している時とか穏やかな日常を送っている時というのは、得てして何も行動しようとしないのが自分なのです。
 
変化を求めない心が自分にはあり、でも、日常やメンタルを乱されることによって、重い腰を上げて行動を焦りだす。
 
逆に言えば、本当に凄い人は、普段の平常時から何か行動を起こすためにコツコツ準備出来ている人なのでしょう。
 
何か事を起こせよ、というお告げが自分にあったと、前向きに解釈することも出来ますが、やっぱり普段は何の準備もしていない人間は、急には行動を起こして結果を出すことは出来ないのであります。
 
調子が良かろうが悪かろうが、常日頃から少しずつ何かを継続している人間が窮地に陥ってもやっぱり一番強いのだろうなと、50歳を過ぎて気づき、実感したというお話しでした。
 
 
 
 

9月に入って病んでます

思い返せばってそうかも、って感じなんですが、毎年この時期になるとメンタル面がかなり低下しヤバイ状況になります。
 
どうヤバイかっていうのが、なかなか説明しづらいのでありますけど。
 
何をやっても、何を見ても、何を探っても、自分の前にあること、やらないといけないことが非常にどうしようもなくつまらないもので、それをやったところで無意味というか、何も喜びが見いだせない、そんな感じ。
 
どこにも逃げられない、目の前にある、やりたくないけどしなければならない事から逃げられない。
 
自分にずっとのしかかる閉塞感。
 
このどんよりした気持ちというか、頭の中、心の中をテキストに起こすのは非常に困難ですが、ようはそんな状況下にあるということです。
 
色々と仕事でトラブったり、スムーズに事が運ばなかったかったりして、それが今の自分にダメージを与えているというのも確かです。
 
あ~、逃げたい。
 
でも、どこへ逃げていいのやら。
 
唯一の希望は、早く退職しようという気持ちだけ。
 
でも、それって根本的な解決になってないぞと指摘する、もう1人の自分もいます。
 
とにかく、何か楽しみを見つけなければと思い、ドラクエウォークのアプリダウンロードして、休日は街を歩き回ってみたり、9月末には小さな音楽イベントに出演することにしてみたり、なんとかもがいてます。
 
それでも、仕事に出勤すると、どんよりした気持ちに覆われ、すぐに家に帰りたい気持ちを抑えながらこれを書いてたりします。
 
あんまり、占いは信じたくない方なんですが、調子が悪いとどうしても、今年の自分の運勢がどうだったかリサーチしてしまいます。
 
僕は水星人プラスということで、今年から四柱推命では大殺界らしいです。
 
う~ん、なんかこういうのを見た時点で負けてるなぁと、妙な敗北感も味わったりして、でもなんとか生き抜こうとしている最近のくろばこでした。

立花N国党首はやっぱり残念で気持ち悪い件について

「立花N国党首、マツコをぶっ壊す!生放送中のスタジオ前で大演説」
 
というネットニュースが出ておりました。
 
以下、8月13日のスポニチアネックス記事より。
NHKから国民を守る党の立花孝志党首(51)が12日、東京都千代田区のTOKYO MXのスタジオ前を訪れ、同局の番組でN国を批判したタレントのマツコ・デラックス(46)に猛反撃した。マツコが生放送の情報番組「5時に夢中!」(月~金曜後5・00)に出演するすぐ外で「投票した有権者をばかにするな!」と大声を張り上げた。
 
 マツコは7月29日放送の同番組で、N国について「気持ち悪い人たち」「ふざけて入れた人も相当いると思う」「宗教的」と否定的な見方を示した。これに立花氏が激怒。反論の機会を求めて同番組への出演を要望し、この日の“出待ち”をユーチューブの動画で予告していた。
 
 100人超の支援者や警戒する警察官らで騒然とする中、立花氏は生放送中の午後5時すぎに到着。ガラス張りで室内が見えるスタジオ正面で演説を始め「公共の電波で“ふざけてる”とか“気持ち悪い”は許されない」などと約1時間、一方的にまくし立てた。マツコに「権力の犬だ。ワンワンと鳴いてみろ」と窓越しに毒づいたり、「マツコ・デラックスをぶっ壊す」と声を上げる場面もあった。
 
 放送中に窓からN国の旗の一部が映る場面もあったものの、1時間の番組は滞りなく終了した。立花氏はマツコが出てくるのを待ち構えたが、15分ほどたつと、支援者や報道陣に「私に情報をくれている番組スタッフから連絡が入った。マツコがパニックになり、番組を降りると言っている。弱っている人をいじめたくはない」と説明。「来週も出るようならまた来る」と言い“直接対決”しないまま引き揚げた。
 
 マツコは同番組が始まった2005年から出演し、現在月曜コメンテーターを務める。去就について同局は「担当者が不在で答えられない」とした。反撃の気配を見せないマツコだが、立花氏は「(マツコの)所属事務所が弁護士を呼び、訴訟を検討中と聞いた」としている。
 
 
公共の電波を使ってのマツコDのコメントはけしからん、スタジオにおしかけて騒いでやるってなところでしょうか。
 
僕はこのニュースを読んで、全くマツコDの言うとおり、立花N国党首とそれを熱狂的に支持する人達が気持ち悪いと感じました。
 
そして宗教的な印象もさらに強くなりました。
 
個人的にはNHKスクランブル放送化には賛成ですし、立花氏がそれを公約に掲げて選挙に出馬するのも自由だと思います。
 
でも、自分たちの事を否定された、批判されたからといって、記事にあるような行動を実際に取る必要はないはずです。
 
ましてや国会議員。
 
あのように、1人の人間を躊躇無く追い詰めることに、何の疑問も抵抗も持たない人種というのは確かに一定数存在していて、でも、そういう人がリーダーとなる事は無いだろうと思っていました。
 
ですが、昨今の現実世界では、彼のような人間が国会議員となっているという事実に、一種の怖さを覚えます。
 
N国党のスローガンは「ぶっ壊す」。
 
でも、政治は「壊す」だけじゃ駄目だと思うのですよ。
 
壊すだけだったら簡単です。
 
気にくわないこと、不満に思ってる事をぶちまけて壊してやるから俺に投票しろと言うだけ。
 
大事なのは壊して、その後どうするか、壊した後に何をするのか、何を作るのかってこと。
 
国会議員は、日本という国を運営してもらわなければならないのです。
 
国の運営を任せられた人が、TVのスタジオに出かけていって、1人のタレントを徹底的に攻撃してるなんて、普通に考えたら気持ち悪いでしょ?
 
そして、その状況を一緒に喜んでいる支持者もやっぱり気持ち悪いとしか言いようがない。
 
以上、僕はそう思った、という感想文でした。

さて、8月になろうとしてるが進退をどうしようか

相変わらず、自分の進退について決断ができてません。
 
何度も書いているように、僕が第三者だったら、「嫌ならさっさと会社辞めれば?」と僕自身に言っている状況です。
 
ですが、動きが遅い。
 
今の自分のモチベは、「いつでも辞めてやる」です。
 
これをモチベーションと言ってもよいのか疑問ではありますが(^_^;
 
ただ、この苦役は、いつでも放り出せると思うことで、毎日なんとか通勤している状況は本当であります。
 
一応、自己申告書というものが我が社にはあって、アンケート形式で今の仕事がどうかとか、異動を希望するかとかを直接本店へ提出することができる仕組みがあります。
 
今年の申告書には、「異動を希望する」と書きましたが、果たしてどこまで希望を汲んでもらえることやら。
 
別に異動したって環境が変わったり業務内容が変わったりはしますが、根本的な部分で仕事が嫌いな僕にとっては、新しい苦しみが待っているだけだと想像します。
 
誤解があるといけないのですが、今の仕事が全く嫌だというわけではない。
(これも何度か書いてます)
 
ある業務についてはやりがいを感じるが、別の業務は只のストレスでしかないというのが現実のところです。
 
でも、会社での仕事ってだいたいはそんなもんで、好きな業務ばかりやらせてもらえないのは、他の人だって同じ。
 
それでも言い訳させてもらうなら、自分の会社そのものが業種幅が広く、本来は自分の業務ではないはずのことも、全体事業推進という形で乗っかってきたりするため、たぶん他企業のサラリーマンよりやるべきことが多いのも事実。
 
僕は、そんな我が社の風潮に違和感ありありでこれまでやってきたのですが、諸先輩や役員方々はそれが当たり前という感じです。
 
それなのに、新人を新規採用しても続かない、すぐ辞めちゃうって嘆いておられるんですから、いい加減空気読めよ!って突っ込みたくなります。
 
ちょっと話しがそれましたね。
 
辞めたいと思ってるのは本当。
 
でも、そこへ突き動くエネルギーが湧かない。
 
例えば、人事評価でCとかD(平均以下)でも付けられたら、「納得いかないから辞めます」と言ってやるんですが。。。
 
ぺ-ぺ-のガキでもないし、そうした一時の感情的なもので進退を決めるのもどうかと思いますが、もう何年も辞めたいと思って仕事しているんですから、そのぐらいは許されるんじゃなかろうかと思います。
 
今、抱えている仕事の案件で投げ出せないものも確かにある。
 
ただ、そう思っているのは自分だけで、僕が辞めたところで、それは誰かの手によって粛々とこなされるか、時間が解決するかぐらいのことだろうとも自覚している。
 
今の直属の上司である部長も嫌いではないので、辞める話しもなんとなくしづらいしなぁ。
(僕が辞めたがっていることは知っている)
 
仕事で知り合った、ウマの合う人や取引先にも申し訳ないし。
 
辞めるまでのハードルは、けっこうあるから、性根据えてやらないと失敗しそうだし。
 
とまあ、色んな思いが頭を駆け巡りながら、この文章を書いているところです。
 
結局のところ、辞めてどうしたい?に行き着いてしまい、辞めない選択と辞めた後のことを天秤にかけて、まだ辞める方への傾きが浅いってことなのかなぁと解釈しております。