Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

あるブログ主の訃報

昨年から読み始めていたブログでした。
 
読者登録はしていましたが、特にコメントしたりとかの交流もしてませんでしたが。
 
でも、ここ最近更新が途絶えていたもので、ずっと気になっていたのです。
 
最後の記事が集中治療室に移された話しでした。
 
その後、ぷっつりと更新が無くなるも毎日、RSSでチェックしていたのです、、。
 
僕よりは年上だったようですが、とても親近感の湧くブログ記事で飄々と白血病に向き合う姿に引きこまれていました。
 
そのブログ主さんが亡くなられ、ある意味、自分にとって身近な人が亡くなった以上にショックでした。
 
もの凄く落ち込むとか、悲しむとか、そんな気持ちとはちょっと違います。
 
ちょっとした喪失感と、こういう表現は不適切かもしれませんが、ちょっとした感動みたいなものです。
 
合ったこともない、顔も知らない、どこに住んでいたのかも知らない、でも、ブログ記事を通してその人が亡くなったことについて喪失感を覚えることができる。
 
こういうのは、ネット社会ならではの感覚というか、非常に不思議な感じを覚えます。
 
それを感動と表現するのは間違っているかもしれませんが。
 
逆に言えば、僕がもしこのまま死んでしまったら、そう感じてもらえる読者も1人ぐらいはいるのかもしれない。
 
でも、自分で自分が死んだ事を記事にアップできませんから、この場合、僕以外の身内や親しい人にこのブログの存在を知っておいてもらう必要がありますね。
 
今のところ、このブログについてはそういう状況にないので、更新が止まっても休んでるのか本人が死んでるのかは、分からない状態となります。
 
たぶん、このブログは自分についてそこそこ赤裸々に語っているものでもあり、自分の道標でもあるため、ずっと続けたい(続けると言い切れないのが悲しい)です。
 
更新も毎日するつもりですが、もしかしたらそうならないかもしれない。
 
でも、休んでもせいぜい2~3日とかにしたい。
 
だから、もし、1ヶ月以上更新が無かったら、くろばこの身に何か起こったものと想像してください。
(とか言って平気で1ヶ月後に更新しだすかもしれませんが)
 
あと、人はいつどうなるか分からないと思うと、今の自分じゃいけないよなとも確かに思うのです。
 
どんなに辛かろうが、苦しかろうが、死ぬ事を思えばマシなんじゃなかろうか。
 
少なくとも、今の僕はそういう感覚です。
 
死んだ方が楽だと思うレベルまでは行ってないので、まだ重傷じゃないと思ってます。
 
まだ、逃げ道はたくさんある(^^ゞと考え、とりあえず生きていこうと思いました。