Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

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Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

大川小津波訴訟について思うこと

亡くなられた児童については、大変悲しいことであったと思います。
 
ただ、先生方も亡くなられているんですよね。
 
あのような大きな震災があって、被害が発生するのは避けようもない事ですし、後から結果論だけを持って当時対応した先生達に責任を求めるっていうのは、個人的には正直あまり共感できるものではありません。
 
もし、自分がその時の先生の立場だったら、どう避難指示を出しただろうと想像すると、今回の判決を知って恐ろしくなりました。
 
自分も、まず間違いなく広い校庭に非難するよう誘導したでしょう。
 
裏山へ逃げるなんて絶対に選択しなかったと思います。
 
何故かって?
 
山崩れを想定するからです。
 
これって、ほとんどの人の普通の感覚だと思うんですよね。
 
山へ避難して二次災害に遭うよりは、広い校庭に出て助けを待つ方がごく自然な考え方じゃないでしょうか。
 
結果的には津波が襲ってきて被害に遭われたわけですが、東北震災を経験するまで津波に対する警戒や関心は我々一般人にはほとんど無かったはずです。
 
当時、あの映像を見て初めて津波の恐ろしさ、脅威を知ることができたのです。
 
確かに東北地方では、他地域よりも津波に関しては関心度が高かったとは思いますが、それでもあのレベルの津波を一体誰が予見できたでしょうか?
 
一部の専門家を除いて、まずいなかったのではと思います。
 
先生達も、あの混乱の中で子供達にとって最善と思われる方法を選択したはずですし、ましてや子供達を死なせようなんて思ってるはずもない。
 
校庭で退避していた50分間に何があったかを明らかにしたいとか、色々あるみたいですが、それと先生達の責任を追及することにどういった実りがあるのか、僕はよくわかりません。
 
こういう判決が出ることで、より学校関係者は厳しい立場に置かれるようになり、学校であった事は全て責任を追及されるような風潮になると、教員のなり手もいなくなってしまうのではないかと心配していしまいます。
 
ただ、映像記録など無い昔の時代にあった津波被害の記憶は、伝承として伝えられますので、時間と共にそれは矮小化したり、誇張したりして時間の経過と共に薄まっていきます。
 
しかし、これからは映像として津波の脅威が残っていきますので、同じような悲劇が生まれることはゼロでないにしろ少なくなるでしょう。