Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

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Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

ブログに対する今と昔の気持ちの違いを考察してみた

思考

このブログをスタートして、アップした記事数も50を超えた。
 
自分のブログ歴について説明しておくと、実は2005年から1stブログをやっていて、約7~8年はそれがメインだった。
 
記事数も1000本近くアップしていて、それなりに訪問者も多かった。
 
書いている内容は、自分が音楽好きで且つバンドでギター弾いてライブ出たりしてることもあり、お気に入りCDレビューやライブレポートを最初はメインに書いていた。
 
また、食べ歩きや自分で作った料理、時事ネタ、旅行といった様々なネタもアップしていた。
 
更新頻度は平均すると、週に2~3日ぐらいだったように思う。
 
そう、1stブログでありこれまでメインとなっていたブログは、いわゆるリア充系ブログであったのだ。
 
当初は自分で意識してなかったけど、今、読み返してみればリア充以外の何者でもない内容で、中二病的な匂いもまき散らしている。
 
例えば、音楽CDレビューであれば、ネット等でCDに関する情報や批評等を探し出し、それらをつまみ食いして、言葉や表現を変え自分の文章としてアップするなんて事がしょっちゅう。
 
もちろん、自分の感想も書くのだけど、表現としてはどうしてもありきたりの陳腐な感じになってしまうので、クールに書いてあるものがないか検索して、それっぽく書いてしまうわけだ。
 
時事ネタだってそうだ。
 
ある社会問題、事件等がおこり、それに対する色々な意見や考え方がネット等に飛び交う。
 
それは掲示板だったりブログだったり、ネットニュースのコメント欄だったり。
 
そうした様々なネタを拾い集め、一つの文章にまとめ上げ、自分が思ったこと、もしくは考えた意見のように化粧しブログにアップしていた。
 
そこにあるのは、他人からスゴイと思われたい見栄、虚栄心が9割以上占めていた。
 
虚栄心が100%じゃないのは、自己弁護するわけではないが、ネット上の様々なネタを読むことで「こんな考え方があるんだ」「こういう受け止め方をする人もいるんだ」という驚きがあり、自分がそういう考えを持てなかったという悔しさと共に、腑に落ちた意見を他の人にも読んで欲しいという気持ちもあったのだ。
 
やはりそういうことは、やはりトラックバックやリンクを貼った上で自分の言葉で綴るのがまっとうなやり方だと思う。
 
ただ、頭の中が全くのゼロの状態から、アクセス数アップさせるためだけにブログ記事をアップしようと思ったことはない。
 
自分の中にある形にできない、ぼんやりとしたものがモヤっと漂っていて、それを何かしら上手く表現したいがなかなか出来なかったのだ。
 
この状況を、ものの見事に文字で表現してくれる人がこの世には多く存在し、それがネットの登場によって簡単に共有できる状況になったのだともいえる。
 
自分で表現したい、伝えたい何かは確かにあるのだ。
 
文章を書くのが好きだったのに、自分が言葉として紡ぎ出す難しさを嫌というほど実感した。

そして上手に表現してくれる別の誰かを探し出し、自分が吐き出したように作り替える作業に最初は満足を覚えていたが、いつの間にか疲れて1stブログを継続できなくなったように思う。
 
ずっと仮免で、公道を運転しているようなものだ。
 
助手席に教官を乗せたままではやはり疲れるし、自分で運転する楽しさも半減する。
 
だから、このブログは出来るだけ自分の中から出てくる言葉だけで記そうと思っている。