Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

犬や猫の命を守りたいとは思うけど

 
僕も犬や猫が好きです。
 
どちらかというと猫派でして、できれば猫を飼いたいと思うのですが、僕の住むアパートはペット禁止なので当分実現しそうにありません。
 
子供もいないのに猫なんか飼ってという声も聞こえそうで怖いし(^_^;
 
保健所で殺処分になる犬や猫がゼロになればいいとも思ってますし、もっと言うと、ペットショップなんてこの世から無くなればいいとさえ思ってます。
 
捨てられるペット達が可愛そうと言いながら、片方ではペットショップでせっせと高額な動物を購入してくる人たちは、なんて身勝手な存在なんだろうと。
 
命の平等さを訴えつつ、命に値段を付けたり差別することを平気でしてるのですから。
 
そういった事を踏まえると、上の記事のような取り組みは確かに良いことなんだけどなぁと思うのですが、一方ではなんか割り切れない思いが常に出てくるのです。
 
犬や猫など、ペットになる動物だけが可愛そうだから保護すべき対象というのが、いつも引っかかるんですよね。
 
歌にもあるように、「カエルだってオタマジャクシだってアメンボだって、毛虫だってみんなみんな生きてる、友達なのさ」の精神でいくと、昆虫や魚は別にほっといてもいいの?と思うわけです。
 
家畜で人間に食べられるために飼育される牛や豚、鶏は?
 
競争のためだけに飼育される馬は?
 
なぜ犬や猫だけしか、可愛そうだから何とかすべきの対象にならないのだろう?
 
それって、結局は命を差別してるってことじゃないのかなと、常に疑問がつきまとうのであります。
 
「差別じゃなくて区別だ」という論もあるかもしれませんが、総論的な視点で見る限り詭弁にしか思えませんし。。
 
僕も本当は捨てられた犬や猫を救う活動をしてみたいなとも思います。
 
でも、犬や猫のようにペット動物だけを救おうとする事については、やっぱり、それはエゴだよなと思ってしまうのです。
 
こうした考え方について、誰かわかりやすく「それは○○だからいいんだよ」と諭してくれると、悩みから解放されるのですが。