Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

大人になっても大人になった気がしない

10月で48歳になったという記事にも書きましたが、自分の中で48歳という年齢がフワフワとした実態のない数字でしかない事に少なからず悩んでいます。
 
まあ、子供がいないというのも影響しているのでしょうけど。
 
僕はずっと以下のような感じで歳を重ねてきました。
・保育園の時→近所の小学校に通う人達が大人に思える
・小学校低学年の時→高学年の人達が大人に見える
・小学校高学年の時→中学生の人達が大人に見える
・中学校1年の時→中学3年の先輩達が大人に見える
・中学校3年の時→高校生が大人に見える
 
ってな具合。
 
社会人になっても、例えば25歳の時にいた35歳の上司はとてもオッサンに思えたし、30代になって一緒に働いた50代の役員は貫禄のある人間に見えました。
 
けど、僕が彼らの年齢に達した時には何の感慨もなく、成長や変化を確信したことは一度もありませんでした。
 
それは今も同じです。
 
自分という人間は、ずっと10代の頃から中身が変わっておらず、あの頃に感じた年上の人達の大人らしさを自分には一切感じないのであります。
 
なんか、不思議な感覚なんですよね。
 
それともう一つは、大人になってもやっぱり怒られたり、悩み事が無くならないという当たり前の事について、子供の頃はそう思ってなかったってこと。
 
小学校の時の担任の先生は、やっぱりとてつもなく大人であり、毎日授業を受けたり、宿題したり、先生に怒られたりしなければならない自分は、はやく大人になりたいと思っていました。
 
大人になれば、怒られることもないし、毎日学校に行かなくてもいいし。
 
何となくではありますが、大人になればもっと自由に色んな所へ行ったり、退屈な授業を聞くために席に座っている必要もないしとか思ってましたね。
 
でも、大人になると、子供の頃が良かったとまでは思いませんが、少なくとも悩みや辛さは子供時代の比じゃないなって思い知らされます。
 
ずっと無い物ねだりをしているだけかもしれませんが、48歳という年齢になっても、自分の中では何一つ確信が持てない事に変わりなく、結局死ぬまでこんな感じなんだろうかと心配になった次第。
 
ただ、こんな脳天気な思考回路だからこそ、死にたいと思うほど悩まないで済んでるのかもしれません。