Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

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Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

長谷川豊氏の炎上騒動で再度思うこと

長谷川豊氏の例の「殺せ」記事に関して、自分もそれに反応した記事を書きました。

 
その後、時間の経過と共に騒動は大きくなり、長谷川氏を取り巻く状況はかなりヤバイ状態になっているようです。
 
その事についてというよりも、少し時間を置いてみて、再度あの記事に関して自分はどういうスタンスだろうか、何か考え方に変化が自分の中で出ただろうかと思い、まとめ的な記事を書く事にしました。
 
以前から言ってますが、基本的には長谷川豊氏の書くブログは好きでずっと読んでいて、それなりに彼に共感する考え方もけっこうあったのも事実です。
 
しかしながら、あの記事については全く共感できないどころか、その後の長谷川氏の対応を端から見ていて、なんかこの人も結局は残念な人だったんだなという落胆に変わってしまいました。
 
中傷はお互い様では?
長谷川氏は自分を中傷する人達には屈しないと言ってますが、自分がブログで書いた事は不特定多数とはいえ、相応の人達を中傷したことになってるとは思わなかったのでしょうか?
 
ちょっと言ってることが破綻しつつある気がします。
 
必要悪である無駄なもの
無駄なものが社会を動かし、カネを回しているという事実もある。
これを言っちゃあおしまいよ的な話しなんですが、世の中には確かに不要と思われるものや、仕事がたくさんあります。
この点に関し、長谷川氏の指摘は正論とも言え、そこだけを切り取れば確かに問題点が浮き彫りになります。
仮に、長谷川氏の言うとおり8割の人については自己責任として、透析治療は不要としましょう。
現在の透析患者数は32万人を超えますが、単純計算で32万人のうち6.4万人が患者として病院に行けることになります。
これがどういう事態を招くかというと、患者数が減少しますので特に地方の人口が少ないところで、病院の数そのものも減る可能性があります。
無駄なものは全て排除という論理は、実は人口の少ない地方にそのままブーメランで返ってくる話しでもあります。
国会議員数は合区制、過疎化している地域の人間はインフラがもったいなので街部へ移住するべき、大型店舗とコンビニ店があれば充分、などなど極論ではありますが、そういう論の正統性に真実味を持たせることにもなります。
もちろん、不正な行為は許されるべきではないのが当然ですが、デジタルに線引きできる事案というのは、実際には少ないのではないでしょうか。
 
マイナスの方が大きかったのでは?
おかしいと思っている問題を、浮かび上がらせたという効果はあったかもしれませんが、だからといって懸命に治療をしている人達までもが世間から冷たい目で観られる状況も生み出しており、単なるトラブルメーカーとしての記事でしかなかった印象があります。
 
これは、記事掲載から時間が経ってみて、改めて感じましたね。
 
ジャーナリストやメディアは一般人とは違う
長谷川氏がメディアの一員やジャーナリストであることを自称するなら、炎上記事のような手法でカオスを作り出すのではなく、もっと別の手法で切り込むべきであり、あのような炎上記事であれば、普通にネット民でも書けるのでは?
 
ジャーナリストと僕ら一般人の違いは、彼らは取材ができるということです。
 
取材をし、その事実に基づき記事を書く事ができるのに、今回の長谷川氏の記事はごく少数の関係者だけの話を聴いて、それがマジョリティであるかのような記事を書き、「殺せ」というタイトルまで付けて公の場に出すことが、果たしてジャーナリストを名乗る人の仕事なのか?
 
逆に、僕らは取材ができないので(もちろん全くできないというわけではないが)、大半の時事ネタに関し憶測で書いているだけであり、エラソーに能書きたれても評価されないのがそもそも当たり前と思っていなければなりません。
 
つまり、長谷川氏の今回の記事は、そうした僕ら一般人と同じ次元での記事を書いて、世間を煽っていることになるのです。
 
しかも、きちんと取材していない事も後からわかりました。
 
もちろん、長谷川氏自身は自分の事をジャーナリストと思っていないと言うかもしれません。
 
けど、それなりにメディアに露出しそれなりに影響力がある立場にいるわけですから、そこはもう少し考えようがあっても良いと思います。
 
立ち向かう相手が違う
質問しにくい対象に質問をし、誰もが聞き出す事ができない事実を聞き出し発表するのがジャーナリスト本来の役割、違う土俵で彼は勝負すべきだったのでは?と思います。
 
巨悪に立ち向かえとは言いませんが、芸能報道でもわかるように、叩きやすいところには群がって取材するのに、ジャニーズ事務所のようなところへは向かっていかないですよね。
 
要はそういうことです。
 

まとめ

僕自身はジャーナリストではないですが、でも長谷川氏のような煽り記事はできるだけ書かないように注意しようと思いました。
 
ただ、僕が書いたところで微風さえ吹かないだろうけど(^^ゞ
 
やっぱり、まっとうなジャーナリストというのは存在しないんでしょうかねぇ。
 
それとも、まっとうじゃない人がジャーナリストになるんでしょうか?