Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

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Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

相模原19人刺殺事件で思うこと

新聞の社説とかTVのコメンテーターの意見とかでよくあるのが、「未然に防止できなかったのか?」「予兆があったんだから防げたのでは?」という論。
 
これに関しては、半分は結果論なんで、後からあれこれ言ったところでどうしようもないよなって。
 
仮に、未然に防げなかったのかという人達が、その当事者だったらそのように行動できたのか?
 
もし、自分のところに犯人から犯行を匂わす書状が届いたとしたら、言われるとおり未然に事件を防ぐことができたのでしょうか?
 
もし、僕が犯人の予告を知る立場にいたら?
 
もし、自分の知人から「障害者は生きていてもしょうがないから俺が殺す事にした」という言葉を聞かされたら?
 
あれこれ考えてみますが、そういう状況に自分が立たされた場合、その現実をどう受け入れて良いのかすらわからず、未然に防ぐどころじゃないだろうなと。
 
その手のプロ(警察とか)にしたところで、仮にそいつは本当いヤバそうな奴だと思っても、四六時中そいつを見張っているわけにもいかないでしょうし、いずれは犯行に及ぶという事になるのでしょう。
 
変なヤツ、思考が極端なヤツ、一面しか物事を見ないで判断するヤツは僕の周りにもけっこういます。
 
ただ、そういう人達が自分にとって相容れない人間を殺したりする行為に走るかどうかの見極めは所詮無理です。
 
殺害予告してない場合であれば尚更でしょうし。
 
ただ、この殺害予告に関してはもう少しやりようがあるかもしれません。
 
お遊びであれ、本気であれ、人殺しすることを公然に周知する者については厳しく取り締まる、刑を重くするぐらいしか手は無いような気がします。
 
たとえ冗談だったと後で弁解しても、既に公にそういうことを告知した者は重罪とする。
 
それでも、問題は何も解決しないんでしょうけど、「コイツやばそうなヤツだからとりあえず逮捕して社会から隔離してしまえ」が可能な社会も嫌であります。
 
どうしても、今回の犯人のような人間が一定数存在するのは、悲しいけれども事実でもあり、それを受け入れて生きていくしかないのかなぁと考えてみたところです。