大学受験に失敗した主人公の孝史が、予備校受験のため東京の平河町のとあるホテルで宿泊中、夜中に火災が発生し逃げ遅れるのだが、平田と名乗るタイムトラベルができる特殊能力を持った人物に時間移動によって助けられる。
しかし、タイムスリップした先は、昭和11年2月26日の「2.26事件」が起きる直前の時代だった。
というあらすじで、タイムトラベルものかと思われるかもしれませんが、主軸はそこじゃないです。
太平洋戦争への道を突き進もうとする当時の日本を、タイムスリップによって体験する主人公が自身や父親の人生を顧み、また、未来を知る人間がどう考え行動するのか、様々な要素が蒲生邸を舞台に繰り広げられます。
この物語のタイムトラベル設定として面白いのは、過去に飛んでどんな行動をしようが、歴史の流れは変わらないというもの。
「Back to the future」などに代表されるタイムトラベルものでは、基本、過去に行った人間はできるだけ未来に影響を与えないよう、その時代の事象に関わらないようにします。
これが「過去を変える=未来が変わる」という設定ですが、この蒲生邸事件のタイムトラベルでは、過去をいくら変えても訪れる未来は変わらず、それは歴史が既に決めているものだというもの。
例えば、日航ジャンボ機墜落事故を防ごうとして、過去にタイムトラベルし飛行機に爆弾を仕掛けたと脅迫してジャンボ機のフライトを中止させたとしても、その近い日で別の飛行機が墜落事故を起こすので、飛行機事故そのものは防げないというもの。
墜落する飛行機と死ぬ人間が変更されるだけで、飛行機が墜落するという歴史そのものは変わらないという設定なのです。
この作品の中で登場する、タイムトラベル能力者の平田は、歴史を変えられない自分を「まがいものの神」と称しています。
そのまがいものの神が、なぜ2.26事件の日にタイムトリップしたのかという謎と、蒲生邸で起こった事件の謎の2つが軸となり物語は展開していくのです。
更に、主人公が何故か蒲生邸の使用人女性に一目惚れしてしまったり、蒲生邸の人間関係の中で繰り広げられるドラマなど、大小様々なエピソードも引っ付いており、単純なミステリー作品でもSFでもない仕上がりとなっています。
このあたりはさすが、宮部みゆきという感じでしょうかね。
壮大な歴史ドラマというわけではないのですが、近代日本史の授業がおざなりになっている今の学校教育の在り方を考えさせられる小説でした。
しかし、主人公の孝史の思考や行動がけっこう大人びていて、そこは少し違和感ありでしたかねぇ。
高校卒業したばかりだから、まだ18歳か19歳ぐらいのはずなんですけど、非常に洞察力も鋭く発言も大人びていてるのであります。
でも、この小説は宮部作品の中でも、僕的にかなり上位にくるものとなりました。