Walking backstreet(裏道を歩いていこう)

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Walking backstreet(裏道を歩いて行こう)

40代後半になっても自分の生き方、進む道が分からない男のブログです。「40にしても惑う」人間の悩みや日常の思考などを趣味も交えて書いています。

小池都知事は豊洲移転を早く進めるべき

石原前都知事の会見も終わりましたが、案の定、特にそこで新たな情報が出てこなかったです。
 
石原前都知事が言っていたのはまとめると、
 
豊洲移転は自分の就任前から既定路線で決まっていたこと、
②土壌汚染の問題については専門家に任せているのでわからないこと、
③諸処の手続きは規程に則って行われており、責任はトップにあるが議会も承認しているので皆で決めたことである、
 
といったところでしょうか。
 
ただ小池知事は、東京ガスとの契約において瑕疵担保責任が放棄されていた事を重要視しており、それがいったいどういう経緯でそうなったかが知りたいのだと思います。
 
百条委員会でもそこのところを追求するのだと思われますが、今回の記者会見はそこのところの質問が甘かったと言わざるを得ません。
 
なぜ瑕疵担保責任を放棄してまで、東京ガスの所有地であった豊洲に決めなければならなかったのか?
 
そこには恐らく色んな思惑や利権が絡んでいるはずで、だからこそ石原前都知事も「名前を出すと困る人がいる」という発言になるのでしょう。
 
もちろん、この問題については解明されるべきであり、これまでの既得権益に待ったをかけようとする小池都知事としても、ここは見逃すわけにはいかないと思われます。
 
ですが、それと豊洲移転の実行は切り離して考えるべきであると個人的には思ってます。
 
土壌汚染の問題等言われていますが、100%の安全を求めることはナンセンス。
 
ここ最近は、何が何でも安全という傾向がありますが、そもそもそこが間違いです。
 
ゼロリスクで物事を進めようとすると、結局は何もできなくなります。
 
それに、それを言うなら築地はゼロリスクなのかという問題も出てくるわけで、結局のところは堂々巡り。
 
メディアは豊洲の安全性について、消費者を煽るような報道が多く、雰囲気に流された多くの人達は豊洲で生鮮市場なんて危険だ、買いたくないという思考停止に陥ります。
 
そこはメディアにもかなりの非があると思われます。
 
小池都知事は賢い人なので、その辺はよくわかっておられるとは思うのですが。
 
豊洲移転の経緯に関する問題と、実際に移転を実施することは別々に分けて考えるべきでしょう。

石原前都知事の会見

まあ、あんなもんかなとは思いましたが。

 

石原前都知事のこれまでを見てきて、ちゃんと全容が解明されると期待する方が間違っています。

ある場面ではリーダーとしてのふるまい方を話し、都合が悪い場面では都行政全体の責任だと言うのは滑稽でもありました。

組織勤めしているとわかりますが、莫大な金額が動く事業について、担当職員や幹部職員が勝手に物事を進めるのは、ほぼ不可能に近いです。

 

ましてや勝手に契約することなんてあり得ないでしょう。

もちろん、トップは細かいことまで把握することは不可能ですが、把握はできなくても事業全体に関しては責任を取る立場にあります。

そうでなければ、組織にトップを据え置く意味がありません。

決断もするし、責任も取る立場なのが行政で言えば知事のはず。

でも、みんなで決めたことだから、担当職員も含めて責任はみんなで取れというのであれば、そういう組織図にしなければなりません。

部下が報告なり稟議を回議する時、上役の検印を求めるのはそういうシステムによって仕事が成り立っているからであり、自分はハンコを押した覚えがないとトップが言うのはもはや組織の体をなしてないってことです。

僕が仮に都の職員だと想像したら、それはそれで恐ろしい話しだなと怖くなりました。

 

RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語

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期待値が大きかっただけに、残念な出来映えという感じ。
 
地元松江や出雲、宍道湖、そこを走る一畑電鉄の風景が叙情たっぷりに描かれていて、行政や観光協会的には両手を挙げて喜べる作品だとは思う。
 
僕自身も、やっぱり宍道湖の風景って綺麗だなと思ったし。
 
でも、基本的に脚本がまずいというか、あまいというか。
 
タイトルはそうなってるからだろうけど、自分が想像していた中身と違ったのも大きい。
 
僕自身40代後半になって、でもやっぱり生きていくとはどういうことなんだろうかと悩みもがいている。
 
こんな人間が、この映画のタイトルを見て何を期待するかというと、同じ中高年世代がどのように決断して、49歳で電車の運転士になろうと考えたのか、そこへたどり着くまでの葛藤や悩み、49歳の人間が夢を実現するために何を捨て、何を選択したのか、といったところが描かれていると想像していたのだ。
 
勝手に想像するお前が悪い、と言われればそうだろうが、少なくとも作品タイトルはそう思われても仕方ないのではないか?
 
主人公の筒井は一流企業の管理職で、作品冒頭で次期役員の席を約束されるシーンもある。
 
最初のところでの主人公は、会社命令である不採算工場の閉鎖やリストラを首尾良くこなすが、家庭では大学生になる娘とコミュニケーションが取れず、且つ会社第一主義の人間という設定となっている。
 
よくあるキャラ像だが、こういうステレオタイプの設定はやっぱり既に古くさいし、飽き飽きしてしまう。
 
大企業で将来は役員となる予定の主人公が、その立場を捨て地元島根県に帰って電車の運転士として生きていく決断をする理由は何か?
 
一つは、工場閉鎖を行ったところの工場長が同期で、且つその工場長には余命宣告されている子供がいるのいも関わらず、その工場長が話し前半部分で交通事故死してしまった点。
 
もう一つは、島根で一人暮らしをしている母親が倒れて入院したこと。
 
もう一つが、主人公の小さい頃の夢が一畑電車の運転士になることだったという点。
 
一番目の同期社員の工場長が事故死してしまった点については、工場長との関係の描き方が非常に短時間で浅いため、観ている側にその動機が伝わってこない。
 
なので、工場長が交通事故死したことがわかっても、我々には唐突過ぎ、またその死に対して何の感情も湧いてこない。
 
その事故死というのが、物語上何の化学反応も起こしてないただのご都合主義なのに、制作側はこれで主人公が今の地位や給料を捨てる十分な理屈づけとなっていると勝手に思っているところにギャップが生じている。
 
脚本がまずいというのはこの点にある。
 
母親が倒れたことは、それ自体は大変なことだと思う。
 
だからといって、主人公が地元に帰って子供の頃の夢だった電車の運転士なろうというのは、あまりに暴力的すぎる。
 
作品の冒頭で、あれだけ家庭を顧みない会社人間の主人公が、本当に突然に運転士募集に応募してみると娘に吐露する場面が違和感ありありなのだ。
 
そして、いつの間にか180度逆のキャラに変わってしまうところも同じである。
 
主人公の奥さんも、旦那が勝手に仕事を辞めて田舎に引っ込んでしまうにも関わらず、ほとんど出演シーンもないまま許してしまう。
 
娘もいつの間にかジブリに出てくる女の子みたいなのに変わっている。
 
でも、電車が走る田舎風景はこれでもかと言わんばかりに美しく映されている。
 
反東京、反都会、田舎は素晴らしい、これがこの映画の核でありメッセージである。
 
都会ではギスギスしていた家庭も、田舎にくると修復できるみたいな。
 
ここで言ってしまうと、この映画は主人公が電車の運転士になる物語ではなく、主人公も含めた家族を修繕しようとする物語である。
 
だから、主人公がどのように運転士になっていったかではなく、どのように家族が田舎で綻びを繕うことができたかたという作品である。
 
つまり、電車の運転士というのに必然性が無く、運転士以外でも成立する映画なのだ。
 
僕がタイトルに騙された感があるのもここにあると思う。
 
田舎の生活は素晴らしいと思いたいヒトの映画が、この作品ではないだろうか。
 
そういう点ではファンタジーである。
 
しかし、実際の田舎もけっこうギスギスしているし、おぞましい部分はふんだんにある。
 
そういうマイナスなところは一切この映画では描かれていない。
 
田舎が本当に素晴らしいところだったら、東京に地方からあんなに人は集まらないし発展もしない。
 
地元の人間の大半は手放しでこの映画を褒めると思うが、僕は正直な気持ち、残念な映画という感想でしかなかった。
 
ただ、鉄道好きという視点から見たら、けっこう楽しめる。

手相は変化する

昔は手相とか姓名判断とか全然信用してなかったタイプでした。
 
今は、どちらかというと半分だけ信用する人間になりました。
 
占いそのものはやっぱり気休めと思っていますが、自分が悪い状態が続くと今の運気がどうなってるんだろう?とついつい気になります。
 
手相については、全然興味なかったのですが、たまにTV番組で芸能人の手相について解説したりするシーンがあると、自分の手相を見て比べたりしていました。
 
で、その時に、手相で金運線のことをやってたんですね。
 
金運線は、手の真ん中を縦に走る線らしいですが、その時の僕の手にはそんなものは微塵も見当たりませんでした。
 
まあ、貧乏というわけでもないけど、贅沢ができる経済状況でもなかったし、僕の手相としては妥当なんだなと思ってました。
 
その時、手相は年齢は経験とともに変化します、という話があり、そんなことあるの?と疑問に思っておりました。
 
しかし、最近になって、ふと自分の手相が気になり見てみると、なんと金運線が両手ともはっきりと表れているじゃあありませんか。
 
現在の僕の経済状況は、確かに昔よりは良くなったような気がします。
 
もちろん、セレブにはほど遠いですが、借金もないですし、子供もいないからそれなりに余裕がある状況ではあります。
 
投資も少しずつ始めて、お金に関する勉強も少しずつですがかじっているところ。
 
そんなこんなが、今の手相に金運線として出てきたのかなぁと思うと、嬉しくもあり不思議でもあります。
 
手相は時間とともに変化するというのは、本当だったんだなぁとちょっと感心しました。
 

山羊汁、初体験

沖縄出張のお話の追加です。
 
沖縄の人に連れられ、2次会に山羊料理が食べられるお店に行きました。
 
山羊汁については、噂では聞いてましたので、半分は興味本位、半分はせっかく沖縄に来てるんだから、それらしいものを食べてみようということになったのです。
 
連れていかれたお店が、栄町通りにある「山羊料理二十番」。

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後から分かったのですが、このお店は山羊料理好きにはけっこう評価の高いお店らしいです。
 
店内に入ると、独特の山羊汁の匂いが既に充満しており、苦手な人はこの時点でアウトかもしれません。
 
ですが、僕らは多少アルコールが入っていたこともあり、そこはクリア。
 
連れてきていただいたSさんの薦めで、山羊汁と山羊刺、そして泡盛を注文。
 
まずは山羊刺。

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酢醤油で食べると更に美味しいということで、それで食べてみましたが、意外にあっさりとしていてクセもそれほどなく、かなりいける感じです。
 
そしてメインの山羊汁。

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山羊肉を煮込んで、味付けは塩のみというシンプルなものでした。
 
これも、けっこう美味しくいただけたんですよね。
 
確かに匂いはありますが、スープの味そのものは美味しかったです。
 
しかし、翌朝起きて最初に感じたのが、自分の体が山羊汁臭いなってことと、それがその日の夜まで続いたということでありました。
 
やっぱり山羊汁は、ディープな沖縄ソウルフードなんだなと実感した次第でございました。

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沖縄の人のネオン街の歩き方が面白かった件

先週の土日で沖縄出張に行っておりました。
 
先方の会社の担当者Sさんは、非常に面倒見が良い人で30歳過ぎだというのに、気配りと礼儀を忘れないよくできた人です。
 
夕方もわざわざ、ホテルまでタクシーへ迎えに来てくれて、那覇市内の美味しい料理をご馳走して頂きました。
 
で、盛り上がって次の店へ行きましょうとなって、国際通りからは離れた安里にある栄町通りへと出かけました。
 
以前は人通りの多かった繁華街だったけどいったん寂れ、最近になってまた色々と活気づいてきたところらしいです。
 
そこで、スナックやガールズバーが入居している7階立てのテナントビルに入り、エレベーターで7階まで上がりました。
 
Sさんは、その階のフロアにある店のドアを開けては中を覗き込み、すぐに閉め次々と同じことを繰り返していきます。
 
要は片っ端から、全フロアのお店のドアを開ける、覗く、閉めるをやっているわけです。
 
僕も、一緒に出張に来ている同僚も、店がお客さんでいっぱいなんで探してくれてるんだなぁ、と思ってました。
 
ですが、6階に降りても5階に降りてもずっと同じことをSさんは続けています。
 
土曜日とはいえ、そんなにどこもいっぱいなのかなと不思議に思い、Sさんに聞いてみました。
 
するとSさんは、「いや、別に満席とかじゃなくて、店に女の子の数が多いかとか雰囲気がどうかを確認してるんです。」と答えました。
 
つまりはSさん目線で、店に入って楽しめそうかどうかの確認作業をしていたわけですね。
 
でも、店のドア締めて覗いてすぐ閉めるって、なんか店に対し失礼な気もして、僕は「いや、そんなに気を遣ってもらわなくてもいいですよ。Sさんが入りたい店にいきましょう。」と言いました。
 
それに対しSさんは「沖縄では、こうやって店を覗いて確認するのって普通なんですよ。これで店の人も怒ったりはしませんから。」とのこと。
 
へぇ~、そうなんだ。
 
やっぱり色々と習慣が違うものなんだなと感心したのでありますが、やっぱり、一度開けた店のドアを満席でも無いのに閉めるっていうのは、見てるだけでも落ち着かないものでした。
 
結局、10軒目ぐらいのお店に落ち着いたのですが、それはそれで楽しく飲まさせていただきました。
 
それと、沖縄の人って飲むときは徹底的に楽しもうとする気概が感じられて、それも良かったです。
 

時間外労働減らしたいなら

上の記事は残念ながら扇動記事の域を超えてなく、労働時間の問題を解決するための建設的な意見とは言い難いのですが、労働時間問題についてもっと議論が盛んになればなぁと思ってます。
 
ただ、労働時間や長時間残業の問題の解決策って、実はみんな本音ではわかっているんじゃないかと。
 
雇用形態をもっと多様化して、かつ流動化させること、そのためには解雇規制を無くすかもっとゆるくすること。
 
これが労働時間問題を解決する本質と言ってもよいでしょう。
 
でも、みんなそこはスルーしたい、目をつぶりたいんですよね。
 
やっぱり解雇とか嫌だし、できれば同じ会社にずっと居たいし、せっかく正社員でいられるし。
 
そうやってズルズルときてしまって、現在の問題があるわけです。
 
僕は別に、ガッツリ働きたい人達を否定しませんし、そういう人達が一定数いることも経験上理解しています。
 
問題なのは、働くのはそこそこでいいと思っている人達も、ガッツリ労働系の人達と同じ土俵にあげさせられることなんだと思います。
 
前回の記事でも書いたように、雇用の多様性、流動性がないから選択の余地がないんですよね。
 
全く働きたくないわけではないんです。
 
それなりに社会へ貢献もするべきだと思ってるし、誰かに寄生したいわけでもない、でも24時間働けますか?って言われると「無理!」って言うしか無い人達はけっこう存在するはず。
 
そのための解決策はあるんだけど、誰もそこには触れたくないのが今の日本の現状なんでしょうねぇ。
 
それと、時間外減らしたければ法律で時間外賃金の割り増しを2倍にしてしまえば良いのです。
 
現在は1.25倍、深夜割り増しで1.5倍ですが、それを2倍にすれば、時間外労働させるより新規に雇用した方がコスパ良くなります。
 
でも、それも色んなしがらみで実現しないんでしょうね。